★ラ・ベンタ《彫刻の森》野外美術館 |
パレンケを訪れた翌日には、もうビジャエルモッサを後にしてカンクンへ向かうことになっていた。日本の五倍もの広さを持つメキシコをたったの十日足らずで回ろうというのが元々無理な話なのだ。 メキシコシティから出入国。パレンケには絶対に行きたい! そしてメキシコまで来たからにはカリブ海で泳ぐのだ! この条件を元に立てた今回の旅行スケジュールは個人旅行と言えど、なかなかにハードな旅程となっていた。ビジャエルモッサではパレンケ遺跡とラ・ベンタ野外博物館を見学する為に二泊滞在するだけである。 メキシコ四日目の七月十四日は夕方の飛行機でカンクンへ移動する。それまでの時間に博物館を回り、街中でお土産でも買おうという予定である。 朝食とチェックアウトを済ませると、ホテルに迎えに来たタクシーに乗ってラ・ベンタ野外博物館へと向かった。ここは昨日のパレンケ遺跡に比べて大分閑散とした雰囲気である。 「……ここだよね、ラ・ベンタ」 駐車場で集合時間を決めて運転手と別れると、入口へ向かいながら蘭が人気のあまりない周囲を見まわして呟いた。 「うん。だってタクの運ちゃんにはビジャでの二日間の日程って、おじさんの方からも言ってあったんでしょ。昨日もパレンケからの帰りに『明日はラ・ベンタに行く』って言ったし、今日も乗る時確認したし、ちゃんと連れてきてくれたと思うよ」 英会話担当の七生子が昨日も今日も運転手に行き先を確認してくれていた。しかし昨日のパレンケの賑わいと比べると、これはあまりにも寂しい気がするのだ。 「あ、大丈夫よ。ちゃんとここラ・ベンタって書いてある。あそこでチケット買うみたい」 銀子が見つけた入口に向かって先に歩いて行く。 共同財布から全員分のチケット代を支払って、さっそく中へと進む。今日はあまりここでのんびりしていられないのだ。 「えーっと、運ちゃんとの待ち合わせ時間まで約二時間か。さー、さくさく行こうか」 ラ・ベンタ野外博物館は、ガイドブックによってはラ・ベンタ遺跡公園とも紹介されている。オルメカ文明の中心地だったラ・ベンタの遺跡から出土した石像を屋外に配置している博物館だ。雨天時には見学しづらいという難点もあるが、建物の中に収めてしまうよりはこの様に見せてくれる方が何倍もいい、と蘭はこの博物館が気に入った。 広い敷地の中を曲がりくねった道が通り、道の両脇には樹々が生い茂り、点在する遺跡もそれぞれが緑に囲まれている。人が一人か二人通れる程の道が遺跡を繋ぎ、鮮やかな濃い緑に包まれた敷地内を時にはつり橋を渡って進む。公園内は時折二〜三人の見学者を見かける程度で、まるで熱帯の林の中に分け入っていく気分にさせてくれる。 順路に沿って進んで行くと、さっそくオルメカ文明特有の頭だけの大きな石像が現れた。 「あっ! これテレビで見たことある。巨石人頭像とか言うやつでしょ」 「え? ぎんそれ何のテレビ? あたしも見たかったよう!」 「小田ちゃんそういうの好きそうだもんね」 「好き好き、大好き! 普段テレビほとんど見ないけどさ、そういう特集だけは別なんだよね。しっかり見ちゃう」 「いつだか忘れたけど、結構昔だと思う。それか何かの番組の中で少し映ってたのかもしれないわ。そんなに大掛かりな特集じゃなかったと思うわよ。特集とかでやってたら小田ちゃん絶対見てると思うもの」 植え込みに囲まれて、一段高く盛り上げられた土の上に置かれている石像の高さは人の背丈くらいだろうか。回りこめるようになっているので蘭はもちろん後ろへも進む。石像の脇には説明文があるが、その表示は当たり前だがスペイン語と英語。近寄って見ればその脇には絵で表された看板も立っている。 「きゃー!! ねぇねぇ、これ何? この怖い顔!」 「何? 七生ちゃん。……って、うわ」 「うわー。これってこの石像?」 七生子が指差したのは遺跡の脇の茂みに半ば埋もれる様にして立っていた看板で、巨石人頭像の横顔とそれに触ろうとする手、手の上には×印が付いていて「NO TOCAR/DO NOT TOUCH」と書かれていた。その脇にある説明の看板よりよほどインパクトのあるその表示は、どうやら石像には触るな、と言いたいらしい。 「遺跡には触るなってことよね」 一発でその意味が理解できる看板の前で銀子が言った。 「分かりやすくていいけどさ、こんなん見ちゃったら、なんか触ったら祟られそうな感じしない?」 七生子が言うのももっともな、ムスッとした顔のオルメカの頭である。 「言えてる。これ見ちゃったら実物の石像の方がなんか愛嬌あって可愛く見えるよ」 隣の解説文などそっちのけで『触るな』表示の絵に目が行ってしまい、ここの解説を見逃してしまったくらい三人に与えたインパクトは相当なものだった。もっとも解説文も分かる単語の拾い読みで詳しい意味など理解できないのだが。 続いて見つけたのは小型な石像で、両手を頭の後ろに組んで上を見上げている像。『空を見上げる猿の像』というタイトルがついている。 「あたしこの像と写真撮りたい。ぎん、撮って!」 蘭は銀子にカメラを渡して像の脇に進んで行く。 「あ、小田ちゃん、私も。猿と一緒に写る!」 七生子もそう言って走ってくる。 「えー? 二人ともなんでそんなにヘンな像が好きなの?」 「そんなの、この中にヘンじゃない像なんてないじゃん。どれもヘンだよ。───けどさ、これ。今いいこと思いついちゃった。この猿を真ん中にして、七生ちゃん右に行って……」 蘭に言われて七生子が猿の像に向かって右に立つ。 「そして、左にあたし。で、二人で猿と同じ格好して……ほーら、見ザル、言わザル、聞かザル。ラ・ベンタの三猿!」 シャッターを押そうとしてカメラを構えた銀子は、その蘭の言葉に大笑いしてしまう。 「やーだ、もう。小田ちゃん笑かさないで! カメラがぶれる〜」 大笑いしている銀子に、更に七生子が注釈を付けた。 「小田ちゃんうまい! やっぱこの猿は石像だけに、『言わザル』だよねー」 ラ・ベンタの三猿として写真に収まると、三人は大笑いしながら先へ進む。 遺跡の修復作業をしている脇を通り、熱帯の樹々に囲まれてつり橋を渡るなど、気分だけは探検隊になったつもりで次々と順路を進んで行く。池ではミドリガメにちょっかいを出し、出発地点まで戻ってきた時にはのんびりと昼寝をしている小動物とも出会ったラ・ベンタ野外博物館は、遺跡と熱帯の雰囲気を手軽に感じられる場所であった。 |