★Are you Japanese? |
昼食に停泊した場所からまた船で移動する。イスラ・ムヘーレスを巡るツアーの最後は、ダウンタウンでの自由行動である。 土産物屋を物色してもリゾート観光地値段で買物をする気になれない三人は、ただぶらぶらと強い日差しの中を歩き回るだけだった。街を歩いて時々土産物屋をひやかす。それだけでも蘭は充分楽しめたが、他の二人はさすがにそうはいかなかったようだ。途中で見つけたアイスクリーム屋に入ると、店先の椅子に座って暫く休憩をとる。 一息入れたことで暑さも漸く落ち着いてきたが、船の出航時間まではまだ大分余裕がある。また土産物屋をひやかしながら船着き場まで戻ろうと歩いていると、その脇を東洋人らしき男性がスクーターで通り過ぎた。今回のメキシコ旅行では日本人はもとより東洋系旅行者に出逢うことはほとんどなく、擦れ違う時に三人はついその人を見てしまう。向こうも同じことを思ったのかこちらをちらと見て角を曲がって走り去っていった。 この辺の土産物屋でもカタコトの日本語を話す人は多く、見掛けないだけで実は日本人も多く訪れているのだろう。そう思いながら三人がその角を曲がると、先程のスクーターが止まっていた。そしてその横でスクーターに乗っていた男性がこちらを見ているではないか。何も考えずにその脇を通り過ぎようとした時、いきなり声を掛けられた。 「Are you Japanese? 」 「Yes」 突然見知らぬ東洋人から日本人か? と英語で聞かれてとまどったが、驚きながらもその問に答えたのは七生子であった。 しかし、もっと驚いたのはその男性が発した次の言葉である。 「Me too」 「……。Me too…ってことは、…え? あなたも日本人?!」 「あ、そうです。僕も日本人です」 そうとは知らなかったものの、日本人同士が英語で日本人かと聞き、英語ではいと答える。さらに返ってきた言葉が英語で私も日本人です、とは笑い話じゃないんだからさ、と思わずつっこんでしまいたくなる。外国にいると他者に話掛ける時はつい英語で頑張ってしまうのが日本人というものだろう。 「うわぁ、びっくりした。最初見た時に東洋人っぽいな、とは思ってましたけど、お兄さん日本人だったんですね」 「こちらこそびっくりしましたよ。こっちに来てからあんまり日本人見掛けなかったものだから、こんな小さな島で、しかも若い女の子が三人で歩いてるなんて」 「スクーターなんて乗ってるから、あたしは東洋系の現地の人かと思いましたよ」 蘭も思っていたことを口にしてみる。 「あ、これですか? レンタルなんですよ。小さい島とは言っても、歩きじゃ行動範囲も狭いですからね」 「この島に泊まってるんですか?」 「ええ、昨日まではカンクンにいたんですけど、やっぱりあそこは物価が高いから」 「でもここも高くないですか? お土産品とか見てても他より二〜三倍はしますもん。『トモダチプライス。ヤスイ』って言われても、他の街より高いんだよ! って」 「あはは、それでもカンクンよりは宿とか安いですよ。むこうは高い観光客用ホテルばかりですしね」 「お兄さん、長く旅行してるんですか?」 長髪を後ろで一つに結んでいるその容貌を見て、長く旅をしているバックパッカーなのだろうかと思った蘭が聞いてみる。 「七月始めにアメリカからスタートして、カンクンへ入ったのは一昨日なんですけどね。これからメキシコを少し回って八月いっぱいかけて南米縦断してチリまで行こうと思ってるんですよ。イースター島とか行きたいし。メキシコでどこかいいところはありますか?」 「イースター島! いいですねー。あたし達は一応個人旅行なんですけど、一○日間の日程で行ってきたのはメキシコシティとパレンケとビジャエルモッサとカンクンなんです。だから情報とか何も持ってないんですけど、パレンケは遺跡好きなら見る価値大ですね」 あいにくとバックパッカーが必要としているような、旅のお役立ち情報は持ち合わせていない。 「いや、久々に日本語しゃべれて嬉しいですよ。メキシコシティはどうでしたか?」 「乾燥してるから朝晩は結構涼しいですよ。物価はここよりは大分安かったですけど、でもビジャエルモッサとかのが安かったですね」 七生子が答えると、同じものでも金額四倍近く高いものをさっき見つけた、と蘭も頷く。 「ここは欧米人のリゾートになりますもんね。二〜三日ゆっくりしたら他に移ろうとは考えてるんですけど。そういえば、日焼け止めってどんなの買ったらいいんですかね? ここ日差し強いから必要かなと思うんですけど、そういうの買ったことないもんで分からないんですよ」 「あ、じゃあ私のあげますよ」 「え、でも使ってるやつなんじゃないんですか?」 「荷物の中にまだ他のがあるし、女性用だしそんなに量残ってなくて申し訳ないんですけど」 七生子が言いながら、バッグの中から使いかけの日焼け止めクリームを出す。 「いや、助かります。どうもありがとうございます」 「いえいえ」 一瞬会話が途切れたその時、今までの会話に全く参加していなかった銀子が後ろから七生子を突つく。振り返った七生子に時計を見せると、乗ってきた船が出航する時間が近付いていた。 「あ、ごめんなさい。そろそろ船が出る時間なんで、この辺で……」 「そうですね、日本語が話せて嬉しかったです。よい旅行を」 「ありがとうございます。そちらこそ、気を付けてチリまで行ってくださいね」 お互いに別れの挨拶を交して、左手の薬指に金の指輪していた二十代後半の長髪の男性はスクーターに乗って去って行った。 「わたし、ちょっとああいう人苦手なんだ」 名前も聞かなかった先程の男性と分かれた後で銀子が言った。 「ああいう人?」 ああいう人とはどういう人を言うのか、七生子が聞く。 「長く旅行してる様なムサイ男の人」 「そうかー? ま、長髪で無精髭はあったけどね。長期旅行してるんだもん、その辺少しくらいはさ。見た目はともかく、あたしはそういう人の話聞くの好きだけどな」 別にさっきの兄ちゃんの見た目がどうこう言ってる訳ではないけどね、と蘭は言う。 「ロン毛って嫌いなのー。でももっと嫌なのは小ロン毛!」 「なんだそりゃ。コロンゲ?」 耳慣れない言葉が出て来て蘭が聞き返す。七生子も知らない言葉の様で、分からないという顔をしている。 「結んでる長髪男はまだいいのよ。中途半端に伸びててバサバサしてる髪の男! ロン毛の手前の小さいロン毛で『小ロン毛』。駄目なのよー、わたし。やっぱり男の人はさっぱりした頭が一番だと思うの」 何を言うかと思えば、いつも楽しいボケをかましてくれる銀子らしいが『小ロン毛』とはまたおかしな造語を作ったものである。蘭と七生子はその『小ロン毛』に大笑いしてしまい、船に付くまで笑い続けて腹筋が痛くなる程だった。 |