★飛行機の話4(1997) |
メキシコシティからビジャエルモッサ、パレンケ、カンクンと回って再びメキシコシティへと戻る。今回はアエロメヒコという航空会社を利用する。 メキシコの空はメヒカーナとアエロメヒコの二つの航空会社がメインとなって繋いでいる。メヒカーナは尾翼に緑色でマークが入り、アエロメヒコは全体がシルバー地で青と赤のラインが入っている。他にも中・短距離の地方路線を持つ航空会社がいくつかあり、ビジャエルモッサからカンクンへ移動する時に利用したアエロカリベは、ユカタン半島を中心とするメヒカーナ系列の航空会社であった。 カンクンからメキシコシティまでは約二時間。その僅かな空の旅を終えて空港に到着した蘭達が最初にしたことは、インフォメーションカウンターへ行くことでもホテルまでのタクシーを捕まえることでもなく、JALのカウンターを探すことであった。 日本との往復チケットは手配してあったものの、カンクンから電話が上手く繋がらずにリコンファームができなかったのだ。搭乗の七二時間前までにリコンファームが出来なければ予約が取り消されても文句は言えないという、問答無用容赦無しの海外での航空会社の法則。日本の航空会社なら事前に滞在地を連絡しておけばリコンファーム不要、ということもあるらしいのだが、この時の蘭達はそんなことは知らなかったのである。 帰国は明日の午前中なので既に二四時間を切っているのだが、何もしないよりは何かあった時の言い訳が立つし、空港ならばJALのカウンターもあるのではないかと思って探しているのだが、これが全く見つからない。階段を昇りあっちのオフィスへ、階段を降りてこっちのオフィスへとウロウロするが、それらしきものは全く見当たらないのである。 「May I help you?」 三人でウロウロしている東洋人をどう思ったのか、空港の職員であると思われる黄色いジャンパーを着た大柄な青年が近付いて聞いてきた。 「えー……あうう、JALカウンターを探してるってなんて言うんだ?」 とっさに英語が出てこない蘭が狼狽える。 「えっと、ほらあれだ。Where isジャルカウンター?」 「そっか、言い回し変えればいいのか、七生ちゃん頭いい」 JALカウンターはどこか? と尋ねた三人にその青年はちょっと不思議そうな顔をしてペラペラと英語で答えてくれた。 「うっわー、長文。なんだって?」 「なんだかJALは明日だって言ってるみたいだけど……」 「それは分かってるんだよー、あたし達はリコンファームしたいだけなんだって……この兄ちゃんに伝えられるかなー」 「うーん……」 三人集まればなんとやら。とりあえず知っている単語を並べてどうにか意図は伝わったらしく、三人は空港内の案内カウンターらしきところに連れて行かれた。先程の青年と同じ黄色いジャンパーを着た職員が何人かいて、ここでも蘭達は慣れない英語でJALカウンターを探していることを伝えようと努力をした。結果、分かったことはJALの乗り入れている時間帯にしかカウンターが開設されないと言うことだった。 「と言うことは、明日にならないとJALの人達はやってこないということなのね?」 「そうみたい」 「でもどうするよ? カウンターがなかったらリコンファームできないじゃん」 「うーん……」 三人で考え倦ねていると、先程の青年がまたなんやかやと話し掛けてきた。そこで、私達はリコンファームがしたいのだ、と悪戦苦闘の末に伝えると事情を聞いた職員がどこかに電話を掛けてくれ、一言二言話して受話器を蘭に向かって差し出した。 「えーっっ! ちょっと待ってよ、あたしが話すんかい?! ……ハロー? あー、キャンユースピークジャパニーズ? ノー? オーケー、あー……」 咄嗟に受話器を受け取ってしまった蘭は懸命に英単語を並べる。相手がそこにいての会話なら表情やジェスチャーも交えて意図が伝わる確率も高いが、電話ではそれも出来ない。こちらの意思を伝えることも困難なら、相手の言うことを理解するのも難しい。やっとのことで双方の理解が成り立ち、受話器を戻した時にはぐったりとしてしまった蘭である。 「はーっっ」 「あ、どうだった?」 電話が終った蘭を見て、銀子が聞いてきた。 「どうやらリコンファームはメキシコ観光がやってくれたらしい。リコンファームは出来てますとか言われてさ、ならそう言っといてくれよー、メキシコ観光! もう、この苦労はなんだったんだ!! …って、ぎん達何やってんの?」 何時の間にか案内カウンターの周りは黄色いジャンパーの職員で囲まれていた。中心はもちろんこの三人だが、銀子と七生子が辞書を片手に最初に声をかけてくれた青年とコミュニケーションを図っている。それをみんなが囲んでいるという状況である。 「このお兄ちゃんリカルドって言うんだって。でね、日本に婚約者がいて、彼女の名前は『ヒロコ』さんなんだって。『ヒロコ』ってどういう意味だって聞くから『広い』って意味だよ、って話してたの」 「………。人が苦労して慣れない英語駆使してる間におまえらはーーー! はぁっ」 のんびりとした口調で話す銀子にがっくりと肩を落とす蘭であった。 「んで、このリカルド兄ちゃんは日本語出来んのかい?」 「いや、彼女との会話は英語らしいけどね、手紙書いて明日持ってくるから日本で投函してくれって」 「だぁっ! こっから直接エアメイルせんかい!」 「やっぱ、郵便事情悪いんじゃない? 何イラついてんの?」 「んー、悪い、七生ちゃん。顔見えなくて言葉通じないのって、ストレス溜まるわ。今の電話で思いっきり疲れた」 「じゃ、さっさと今日のホテルに向かおうか。荷物置いて、今日はお土産を買物しなきゃね。初日と同じ『カリンダ』でいいんだよね」 宿泊ホテルの『カリンダ・ヘネベ』はソナ・ロッサにあり、空港からタクシーで約三○分かかる。 いろいろとお世話になった黄色いジャンパー集団にお礼と挨拶をして、三人は七生子を先頭にタクシーチケット売り場に向かう。歩き出すと言葉もロクに通じない東洋人を心配してかリカルドが付いて来てくれて、ホテルまでのチケットを手配してくれた。そして最後までヒロコさんへの手紙の事を言っていた彼は、日本人と話す度にこのような事をしているのだろうか。 果たして翌日。開設されていたJALのカウンターは大変な混雑で、ようやく手続きを終えた三人が出発までの時間に朝食を取ろうと飲食店に向かおうとした時、黄色いジャンパーのリカルドが三人を見つけて駆けてきた。そして手渡されたのは、しっかりと、漢字で宛先の書かれた封筒であった。 「うあー、リカルドよくあたしら見つけたなー」 「もしかしてJALカウンター張ってたんじゃない?」 「ありうるね……」 「すごいよ、これ。見てよ漢字で宛名書いてある。リカルド日本語話せないって言ってたんでしょ」 「うん、昨日確かにそう言ってたはずよね、七生ちゃん」 「言ってた言ってた。きっとヒロコさんに書いてもらって、これだけ練習したんだよ」 「あ、ヒロコって『浩子』って書くのね。じゃあ『広い』って意味じゃないじゃない」 「ありゃ、本当だわ」 渡された封筒を見て日本語でわいわい会話していた三人を、リカルドはにこにこしながら見ている。こうまでされたら日本に帰ってきちんと投函しなければなるまい。 ちゃんと日本から出すから安心してね、とリカルドに話して三人が歩き出そうとすると、リカルドがその後を付いてくる。食事をするのか? とにこにこしながら聞いてきて、先に立って案内してくれる。ファーストフード系の店が集まっている二階に来ると、一番端の店へと進む。ここは日本食をやっているんだ、日本食はどうだ? 僕は日本食が大好きだ、と途切れることなく次々と話し掛けてくる。 「これから日本に帰るのに、日本食なんて今食べたくないよ」 「うんうん。あ、マックがある、メキシコのマクドナルドってどんなんだろう。あたしマックに行って来るね」 いち抜けた、とばかりに蘭は一人で反対端にあるマクドナルドへ向かった。残された七生子と銀子は、日本食は今食べたくないから、と隣の店でサンドイッチとタコスを買う。 マクドナルドから帰ってきた蘭が二人の座っている席を見つけて歩いていくと、隣のテーブルには不器用な手つきでどんぶりを食べているリカルドがいた。 「なんかあんまり日本と代り映えしないメニューだったけど、見たことなかったから『ニファカ』っていうのにしてみた。野菜たっぷりだよ。……で、なんでリカルドまでご飯食べてんの?」 銀子の隣にトレイを置きながらその状況を見て蘭が言う。 「知らないよー。私達が日本食の隣のお店で買ってる間に、リカルドもどんぶり買ってたんだもん」 「仕事中じゃないのか? 空港職員!」 「不慣れな日本人を安心して飛行機まで案内するって仕事じゃない?」 その後もリカルドは土産物屋を回る三人の後を付いてまわり、他の黄色いジャンパーの仲間に会うと三人を紹介し、いよいよ出国ゲートを通る段になっても一緒に中に入ってこようとした。 「わー、もう大丈夫だよ。分かる、こっから先は分かるから!」 本当に大丈夫か、入ったら左の階段を降りるんだ、となおも付いて来ようとするリカルドをなんとか説得して、三人でゲートを通過する。 「ふぅっ」 ゲートが見えなくなってから、三人は同時にため息を付いた。 「リカルドもいい奴なんだけどね……」 後ろを振り返って七生子が言う。 「何も知らない、言葉もロクに通じない日本人を心配してくれるのは助かるし、ありがたいとは思うんだけど……」 銀子も同じように振り返る。 「引き際が肝心なんだよ。ああまでひたすら付いてこられるとちょっとねー……」 蘭も出国ゲートの方を向いて再度ため息を付いてから、三人はJL11便の搭乗ゲートへと歩き出した。 離陸はメキシコ時間の七月一八日一○時三○分、日本到着は日本時間で七月一九日一六時五○分の予定である。 |