元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★メキシコのお土産? |
「ねぇ小田ちゃん、誰かカナダに行く人知らない?」 ある日突然、友人の暁子が言った。 「カナダー? なんでまた。会社でアメリカに赴任してる人の精算は担当してるけど、カナダは知らないなー。近々行くって人の話も聞いたことないし」 「そっか、残念」 「あたしまたゴールデンウィークにメキシコ行こうと思ってるけど、メキシコじゃ駄目なの? あ、経由地がバンクーバーだけど、外には出ないよ」 「うーん、じゃあ駄目かも」 暁子は落胆した表情で腕組みをしている。 「何かあんの?」 よほどのことがあるのかと思い、蘭は聞いてみる。 「うん、実はね……。この間雑誌で見たんだけど、グリコがカナダ限定で【ジャンボメイプルシロッププリッツ】っての販売してるんだって」 どんな深刻な用件なのかと思いきや、暁子から返ってきた言葉がこれである。 「江崎グリコが?」 「そう」 「あの一○○○円だかで売ってる巨大サイズの?」 「うん」 「カナダのみで?」 「のみで」 「なんだって海外なんかでそんなお菓子の限定やってんのー?」 「そんなの知らないよ。でもさ、食べてみたくない?」 「おもしろーい、食べてみたい!」 「でしょ。だから誰か行く人いるなら頼んでみたいんだけどな」 何故海外でそんなことをやっているのか、地域限定の得意な菓子メーカーのことだ、分からないでもないが海外での限定というのには驚いてしまう。 それを言うならそういった情報を仕入れてくる暁子にも驚きである。確かに、以前からもコンビニの新製品情報には詳しく、同じデザートでもサンクスよりはローソンの方がおいしいだの、どこそこのカップ麺がおいしいと言った話はよく聞いていた。今回の話もどこで拾ってきたものか。聞けば雑誌に載っていた情報を見たらしいが、その時見つけたもの以外はどこにも載っていなかったという。 「バンクーバーの空港内にもお菓子売ってるところはあるけど、そういう限定品とかはさすがにないだろうなー。やっぱり地元のスーパーだよね」 「そうなのよね、会社で聞いても誰もカナダ行くって人いないし、もし小田ちゃんの周りでいたら言ってみてよ」 「いたらお願いしてみるけどね。いやー、でもやるねぇ、グリコ。たしかにカナダと言ったらメイプルシロップは有名だけどさ。じゃあ、メキシコでタコスプリッツとかやらないかね?」 「あ、それおもしろそう。タイでトムヤンクンとか」 「ロシアだったらピロシキ味とかボルシチとか?」 勝手に各地の料理で限定品を想像しては笑ってしまう二人であった。 「うそ、本当にあった……」 そして四月。ゴールデンウィークより少し早めに会社を休んでメキシコ旅行に出発した蘭は、バンクーバーで見つけてしまったのだ。くだんの【ジャンボメイプルシロッププリッツ】を。 「どーしたの? 小田ちゃん」 今回の旅行の同行者である畑中美代子が、お菓子の棚の前で固まってしまった蘭を不思議に思って聞いてきた。 彼女とは共通の趣味を通じて知り合った友人なのだが、今回の旅行の計画段階で蘭が幾人かに声を掛けたところ、手を上げて予定をやり繰りして参加できたのは彼女一人だった。 女二人旅メキシコ。と言うと聞こえはだけは恰好いいが、どんな珍道中になることやら、と二人を知る誰もが思ったという。 蘭が日除けに帽子を買いたいと言うので、雑誌や衣料品・お菓子等を売っている店舗に入ったところである。 「みーちゃん、これ」 立ち止まっている蘭が差し示した物を見て、美代子も我が目を疑った。 「うわー、ジャンボプリッツ。しかもメイプルシロップだって」 「暁子の言ってたのって本当だったんだー。まさかこんなところで見つけるなんて。よし! お土産だ」 さっそく手に取ってみる。 「え? これお土産?」 「うん。前に暁子がカナダ限定でこれ売ってるって言ってたことがあって、聞いてあたしもおもしろそうだと思ってたからさ」 「暁子が? なんであの子そんなこと知ってんの?」 「雑誌で見たことあったんだって」 「妙なところで変なこと知ってるよね、暁子も」 「ぷぷっ、確かに。でもいいお土産になるよ。ちょっと持ち帰る時に折れそうだけど」 グリコのジャンボ商品といえば、それだけで結構な幅を取る。海外から持ち帰るには苦労しそうだ。しかも、今はまだ目的地へ向かう途中なのだ。 「今買うの? また帰りにもここ経由するんでしょ、その時にすれば?」 美代子の言う事ももっともである。 「でも、メキシコで親に頼まれもの渡したらあたしの荷物半分は減るもん。今買ったらその隙間に詰めて運べるしね」 今回も昨年と同様、メキシコにいる親から【持ってきて欲しいものリスト】がFAXされてきて、蘭の荷物はその小型のソフトスーツケースの中身約半分がそれらで詰まっていた。 「ま、多少の折れは我慢してもらいましょう。ということで、レジ行ってくるね」 バンクーバーでの支払はもちろんカナダドル。あるいは米ドル。それに日本円も使えてしまう。現地通貨はメキシコに着いてからシティバンクカードで引き出そうと、外貨は昨年のメキシコ旅行時の残金であるペソを蘭がいくらか持っているだけだ。この為にここで小額のカナダドルを両替するのも日本円を出してお釣をカナダドルで貰うのも、その後の使い道がない。ということで帽子とプリッツとを併せてクレジットカードで支払う。 免税店ではないので、プリッツは一箱税込みで20.87カナダドル。帽子よりもプリッツの方が高額となり、何でだー? と二人は騒いだが、よく見ればパッケージも日本語で日本にある他のジャンボ商品と同じ、つまりは日本からの輸入品ということになり、高いのも当然だろう。後日、カード会社からの連絡によると日本円で一箱一九四○円。 気になる味の方はと言えば、暁子曰く『ホットケーキの味』と言うことであった。 |