元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★飛行機の話5(1998) |
四月二十四日、一行はメキシコシティからメリダへと向かう。 今回の旅行を計画するにあたって蘭が希望したことのひとつに、ウシュマルとチチェンイツァーの古代遺跡めぐりがあった。昨年メキシコを訪れた時には同行者の体調不良と滞在時間との関係からチチェンイツァーに行くことができなかった為、再チャレンジの機会を狙っていたのだった。 今回のスケジュールでは、明日ホテルからタクシーをチャーターしてウシュマルを見学し、明後日カンクンへ飛んでチチェンイツァーの日本語ツアーに参加することになっている。 「いよいよメリダだね」 ベニト・ファレス空港の利用が国際線・国内線併せて既に六度目となった蘭は、足取りも軽く搭乗ゲートへと向かう。 「そして明日はウシュマル。さぁー、登るぞ!」 「ウシュマルって言ったら有名なのは【魔法使いのピラミッド】だよね。すごい急勾配なんでしょ、私高所恐怖症気味なんだけど大丈夫かな」 「えっ、みーちゃんそうなんだっけ? でも太陽と月は平気だったじゃん」 「あれくらいならね。せっかく来たんだもん、ウシュマルも絶対登りたいしなー。頑張るわ!」 「大丈夫、大丈夫。テオティワカンで何ごともなく登れたんだもん、そんなのは高所恐怖症とは言わないって」 メリダ行きの搭乗ゲート付近は大勢の人でごった返していた。休暇と思われる人達が大半であったが、中には数人のビジネス客も見受けられる。なんとか空いている席を見つけて蘭の両親が座り、蘭と美代子は柱にもたれ掛かりながら話をしている。 「そっかな。でも結構テオティワカンも苦しかったよ」 「それは高地で空気薄かった上にピラミッド登ったからじゃないの?」 「あ、そうかも」 「ウシュマルは平地だからその点は大丈夫だと思うけど、傾斜角度六十度とかあるらしいからねー」 「六十度ー?!」 「うん。……大丈夫?」 「だ、大丈夫。絶対登るもん」 実際の角度を聞いて想像してしまったのか、少し不安げな表情をしながらも握り拳を作って決意を固めている美代子だった。 暫くの後、搭乗案内が入った。搭乗ゲート前では係員が座席番号を一列目から順に呼び上げ、数列ずつ乗客を中へ入るように促している。 「ウチらは何番?」 チェックイン後、全員分の搭乗券をまとめて持っていた父親に自分達の番号を確認する。手渡されたアエロメヒコのチケットを見ると、「名前」「日付」「フライトナンバー」「クラス」といった基本情報が全て手書きで記入されていて、更に左端の空欄に「PPDS3」といった記号も手書きされていたが、座席番号の部分は空欄のままであった。 「ねぇ、これって何番になんの?」 蘭が父親にチケットを見せながら聞く。 「僕のはちゃんと番号付いてるし、きっとこれで四人分まとめて入れるんじゃないかな」 「そんなバカな」 見れば父親の名前の入ったものだけが座席番号を含むすべての情報が機械で印刷済み、しかも搭乗券の形式も他の三枚とは違って細長かった。 「これ、お父さんの分だけ他のと形が違うじゃん。カウンターで貰った時おかしいと思わなかったの?」 「何かは言ってたけど、ちゃんと荷物のタグは付けてくれてたし、飛行機の便名も名前も入ってるし、四人一緒なのかって聞かれたから、そういうもんかと思ってたわ」 このやり取りを見ていた美代子は、何事につけてもアバウトなところが似ているのはやっぱり親子だなぁ、と思う。 「あ、おじさんの列、呼ばれてるみたいですよ。とりあえず、皆で一緒に行ってみましょうよ」 呼ばれているのを美代子が気付いてくれて、ひとまず四人揃って搭乗ゲートへと向かう。 しかし、一行の搭乗券を確認した係員は父親だけに中へ入るよう促すと、他の三人にはここで待っているようにと告げた。 同じグループだから一緒に入れてくれと交渉してみるが、三人は後で案内する、と言うばかりであるようだ。仕方なく言われた通りに父親だけ中に入り、三人はまた暫くここで待つことにした。 「しょうがない、お父さん先に入っといてよ。どうせ同じ飛行機なんだから、大丈夫でしょ」 母親がそう言い、父親が先に入った後もどんどん列番号が呼ばれ、ついには待合室に残って入るのは蘭達三人を含め十人程になった。 「最後になっちゃったねー」 美代子が周りをぐるりと見渡して言った。よく見れば残されている人達が手にしている搭乗券は、皆蘭達と同じ形である。 「残されたあたし達って、何なんだろうね。残ってる人が持ってんのは皆同じ大きさの搭乗券だし、これだけ別に分かれてていい座席だったらいいのにな」 「ビジネスみたいな感じで?」 「うん」 「でも、普通それなら最初に入れてくれるよ」 「そうだよね、座席番号付いてる人達全員入ったみたいなのに、どうしたんだろ」 ゲート脇にいる係員はトランシーバーで交信し、カウンターに置いた用紙に何かを書き込んでいるようである。 「まだなのかちょっと行ってみるわ」 母親が近くにいる他の係員に搭乗券を見せて入口を指差す。蘭や美代子よりは幾分スペイン語が分かるものの簡単な会話しか分からないという母親は、万国共通ボディランゲージを使用する。それを受けた係員の方も、顔の前で親指と人差し指を近付けて「少し待ってくれ」とボディランゲージで返し、カウンターで書き込みをしている係員の所へ行った。 「ODA」 短い会話を交し、カウンターの係員が顔を上げると突然名前を呼んだ。 「シー」 スペイン語で返事をしてカウンターに進み出ると、搭乗券を渡す様に言われる。 母親が三人分をまとめて手渡すと、カウンターに広げられている用紙と搭乗券に何事かを書き入れ、漸く中へ入るようにと言われた。戻された搭乗券には赤鉛筆で座席番号が記入されている。 「あ、席番号だ」 「本当だわ、蘭の番号は?」 「11C。お母さんとみーちゃんは?」 「私12C。小田ちゃんと前後だね」 「お母さんは25Aだわ」 これでやっと飛行機に乗り込むように指示された。三人はカウンターの脇を通り、飛行機と繋がる細い通路へ進む。 「これってさー」 歩きながら搭乗券を見つめ、美代子がぼそっと言った。 「もしかして、私達ってキャンセル待ち?」 「まっさかぁ。ていうか、先にチェックインした人から喫煙席だの窓側だのって希望聞いてたら虫喰い状態に空席が出来てって、最後の方にチェックインしたあたしらって四人まとめて席取れなかったからじゃん?」 「それで希望聞いた人達が座り終ってから空いてる席をチェックして、そこに割り振られたって訳?」 「なんじゃないかなー」 「だって、人が座った後でチェックしなくてもコンピュータで分かるもんなんじゃないの?」 「うーん、まぁ、日本じゃないしね」 「そりゃそうだけど……」 蘭と美代子がお互いになんとなく釈然としないまま歩いていると、前方に飛行機のドアが見えてきた。入口には数人の乗務員と、先に席に座っている筈の父親がいる。 「ああ、やっと来れたか」 三人を見つけた父親は、ほっとした表情で手を振った。 「何してんの、こんなとこで」 蘭が手を振り返して答えたが、それにしても待っていた親に対してあんまりな言葉である。 「あんた達がなかなか来ないから、心配してどうしたか聞いてたんだろうが」 「ごめんごめん」 「それでどうなった?」 「畑中さんが12Cで、蘭が11C。私は25A。お父さん何番でしたっけ?」 答えたのは母親である。 「僕は23Dだから、まぁ近いな。」 そう言いながら、座席の埋っている機内を進んでいく。座席を確認してそれぞれ席につこうとすると、11Dに座っていた男性が蘭と美代子を見て友人なのか、と英語で聞いてきた。そうだ、と答えると、それなら席を代わってあげよう、と立ち上がる。お礼を言って有難く代わってもらうとまもなく飛行機は離陸となった。 昨年の旅行の時もそうだったが、こちらでは飛行機に乗り降りする度に驚く事が多い。国が違えば何事においても新たな発見がある、とわくわくしながら蘭はメリダまでの一時間半を睡眠に費やしたのであった。 |