元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★街歩き〜メリダ編〜 |
炎天下にウシュマル・カバー・サイールの三つの遺跡を回り、夕方遅くにメリダへ到着したタクシーは、街の中心をぐるりと回ってホテルへ向かってくれた。 メリダを出発するのは明朝である。明日は各々チェックアウトを済ませて八時三○分にロビー集合と打ち合せて両親と別れると、蘭と美代子はさっそくホテル近辺の探索に出掛けることにする。 宿泊ホテルは【フィエスタ・アメリカーナ】である。通りを挟んだ向かいには【ハイアット・リージェンシー】と【ホリディ・イン】が建っていて、少し離れて【エル・コンキスタドール】とここには高級なホテルが集まっている。 【フィエスタ・アメリカーナ・メリダ】は外装も内装もとても綺麗で設備もよく、食事もおいしくて蘭はとても気に入っていた。やはり、食事がおいしいというのは旅行中とても大切なことだと思うのだ。 まずはホテルの敷地を一回りして、ホテルの位置と周りの建物との位置関係を確認する。 「これで大体ホテルの周りは分かったけど、どう歩こっか? 今日はいっぱい歩いたし、お腹すいたよね」 「いっぱい登ったしね。じゃあとりあえず、ブラブラしながらご飯できるところを探そう」 まだ少し明るい空の下ホテルを一周して戻ってくると、コロン通りをモンテホ大通りに向かって歩き出す。貴重品と『自遊自在スペイン語』しか持たずに出て来たので、どこに何があるか、ここがどういう通りであの建物が何なのか、といったことは全く分からない。しかし、そういう当てずっぽうな街歩きも楽しいものである。メキシコ国内でも治安の良いと言われているメリダだからできることではあるのだが。 「何がいいかなー。ホテルに戻って来る時にサブウェイ見たよ、そういえば。ファーストフードってどこにでもあるんだねー、マクドもあったし。でもサブウェイは初めて見たからサブウェイ行ってみたいぞ。またメキシコ独特のメニューあるかな」 「小田ちゃん、何もメキシコまで来てサブウェイに入んなくても……」 「いいじゃん、日本とどう違うか見るの楽しいんだから」 この先にもまだ何かあるかもしれない、そう思って蘭と美代子はサブウェイやVIPSといった飲食店を通り過ぎ、モンテホ大通りを北に向かって歩いていく。メリダの街の中心は南の方にあるのだが、そちらはホテルに戻る時に見たからと北へ向かった。 通りに面して建つ家々は、広い敷地に余裕を持って建てられている。十分な広さの庭にパステル調の綺麗な色合いの大きな家。それぞれに凝っていて、そのどれもが違う作りをしている。フランススタイルのこれらの邸宅は、一九世紀に特産品であるエネケン(サイザル麻)の富によって建てられたものだという。その一つ一つに目を楽しませてもらいながら進んでいくと、通りの中央に【祖国記念碑】と呼ばれるモニュメントが見える。そこで大通りを外れ、暫く歩くとスーパーがあった。 その土地の人達が普通に買物をするスーパーに入るのが好きな蘭と、世間一般のいかにもなお土産にはまったく興味のない美代子である。キラリと目を光らせて、さっそく二人で入って行く。 スーパーというには大きくデパートというにはいま一つ、という店内を見て回り、それぞれに買物をしてレジへと並ぶ。夕方で混んでいることもあって二人は別々のレジへ並ぶこととなる。 美代子が並びながらレジ周りにあるガムやキャンディーを眺めていると、後ろに並んだ中年の男性がカゴの中身を見てスペイン語で話し掛けてきた。 『おまえは何人だ? ここに住んでいるのか?』 スペイン語など挨拶しか分からないが、外国人に向かって最初に聞く事は大体決まっているだろう。「どこから来たのか」「何人なのか」そのどちらかだろうと思った美代子は、とりあえず「Japanese」と言ってみた。 すると続いて更に話し掛けられる。美代子がスペイン語を話せないと理解したのか、今度は英語だ。 『スペイン語は話せないのか? 英語は話せるか? ここに住んでいるのか?』 英語だとてロクに話せない、ましてやスペイン語訛りの英語などヒアリングも厳しいというのに、美代子はどうしたものかと焦ってしまう。かといってここでレジの列を離れては、話し掛けられて逃げた変な外国人になってしまう。それでは情けなさすぎるではないか。 とにかく、なんとなくそう言われているのではないかと勝手に解釈して拙い英語で答えようと試みた。 「アイキャンノットスピークスパニッシュ。アイキャンノットスピークイングリッシュ。フロムジャパン」 どうやらこちらが言っていることは理解するようだが、スペイン語も英語も話せないと言う日本人に彼はとても不思議そうな顔をして、美代子の持つ買物の中身を指差してまた更に言う。 『スペイン語も英語も話せなくて、住んでる訳でもないのにその買物はなんだ?』 そう言われた美代子の買物の中身は「インスタントコーヒー」「インスタントSOPAの素」「スナック菓子」「タバコ」と、おそよ普通の観光客が買う物とは思われない。そもそも、普通の観光客はあまりこういった街のスーパーには入らないのだろう。 「えーっと……」 何を言われているか分からない、何を言ったらいいのかも分からない。どうしたものか、と悩んでいるうちにレジの順番が回ってきた。美代子は内心助かった、と思いながら後ろの男性に日本人御得意の愛想笑いをして先に進むと、レジを終えた所で蘭と合流した。 「小田ちゃーん。びっくりしたよーー」 ほっとして先程のやり取りを蘭に話す。 「あはははー。そりゃ、スペイン語も英語も話せない観光客が買う物じゃないもんねー、おっちゃんも不思議だったんだよ」 「そんなにおかしいかな、この中身。でも安上がりでいいお土産になるんだけどな」 「それには同感。あたしも海外のお土産って、毎回こんなんだもん……」 話しながらスーパーを出ようとした蘭がアイスクリーム屋の前で立ち止まる。 「何? 小田ちゃんアイス食べたいの? ……キャー、悟空がいる。ドラゴンボールだ!」 蘭の視線の先を美代子が追うと、アイスクリーム屋の壁には小さな子供が喜びそうなキャラクターの絵が貼ってある。その一番目立つところにあったのが、日本のアニメのキャラクターだったのである。 「日本のアニメって、メキシコでも強いんだねー。子供のアイドルか、悟空ってばやるじゃない。でもその隣がくまプーにグーフィーだわ。ディズニーで統一するとかなら分かるけど、そこにいきなりドラゴンボールとはね」 「ああ、びっくりした。アイスだ、食べたいなー、と思って見たら悟空がいるんだもん」 「アイス食べてく?」 「んー、いいや。それよりお腹すいた。どこで食べようか」 「小田ちゃん気になってたサブウェイ行こっか?」 「うんっ」 スーパーを出た時点で既に二○時。来た道を戻り、ホテル近くのサブウェイに入ろうとするが、どうやら営業時間は二○時までらしく、入口には【CLOSED】の札が掛かっていた。結局その日の夕食は、ホテルの一階に入っていた【サンボルンス】で【とりぞーすい】を食べることにした。 |