元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★飛行機の話6(1998) |
「お父さん、あっちにカンクンって行き先書いてあるカウンターがあるからあれがそうだよ。航空券にはメヒカーナって書いてあるけど、使うのはメヒカーナ系列のアエロカリベなんだからチェックインもあそこやるんだってば」 メヒカーナのカウンターでチェックインをしようとすると、係員にここではないからあちらのカウンターへ行ってくれと言われた。それを不信がる父親に声を掛けると、蘭はカンクンと行き先の書かれたアエロカリベのカウンターを指差して歩き出す。 昨年カンクンを訪れた時も、メヒカーナのカウンターに並んでいて隣のアエロカリベのカウンターに移動したのだった。その時は訳も分からず、単にメヒカーナのカウンターが混んでいた為に空いていた同系列の航空会社カウンターでチェックインさせてもらったと思っていたのだった。しかし実際に乗り込んだのはチェックインしたカウンターのアエロカリベで、帰国後の荷物整理で改めてその時のチケットを見直して納得した蘭だった。今回も利用するのはアエロカリベとなり、チェックインも当然そこでする筈だ、と蘭が父親に説明してアエロカリベのカウンターに並び直す。 カリブ海に面している土地同士を結ぶ空路の多くはアエロカリベという航空会社を利用することになる。メヒカーナの子会社であるアエロカリベは機体も小さく、一度に長距離を飛ばない。三〇分から一時間飛んでは着陸をくり返していくつかの都市を結んでいた。初めて利用した時は座席も自由で、チケットのポップなデザインにも驚いたものだ。 蘭が初めてアエロカリベを利用したのは昨年、一九九七年七月のことである。その時はビジャエルモッサからカンクンへ、その途中メリダに着陸してのフライトだった。今回はメリダからの利用になるので、カンクンまではどこにも着陸せずに飛んで行く筈である。 「でね、あの時はどこの乗合いバスかと思ったよ、あんなの初めてだったしさ。予備知識も何もなかったから、驚いたのなんのって」 蘭が去年の旅行の体験を話しながら、カウンターで父親がチェックインしているのを待っている。 「飛行機で自由席ってすごいねー。今回もそうかな、ちょっと楽しみ」 手続きを終えた父親が四人分のチケットを手に戻ってきた。 「おまたせ。二人ずつ離れた席になったけど、蘭と畑中さんが一緒でいいね」 「え? 席番号ついてるの?」 去年は数字だけで座席指定はなかったと驚く蘭に、父親はあたりまえだと言って一人ずつにチケットを手渡してくれる。蘭に渡されたチケットには「14A」と手書きで記入されていた。 「あ、今回はちゃんとアルファベットまで入ってる!」 「なんだぁ、自由席じゃないんだ。楽しみにしてたのに」 美代子も残念そうにチケットを眺めている。 しかし、それでは去年のアレは何だったというのだろうか。同じアエロカリベでも自由席の飛行機と座席指定のある飛行機との違いとは何だろう。この様子では両親に聞いても分からないだろうし、蘭は暫く悩んでいたが、いくら考えても分からないものは分からない。周りに聞ける人間もいないし、日常会話にも不自由する英語と挨拶程度しか分からないスペイン語では係員に聞くこともできず、考えることをすっぱり諦めた蘭は次の事に頭を切り替えた。こういうことはあるがままに受け入れるに限る。 「出発まで一時間あるけど、それまでどうする? あたし達は朝ごはん食べちゃったから、時間までその辺ふらふらしようと思うんだけど」 チェックインが済んでしまえば、国内線では出発までにしなければならないことはいくらもない。 「お父さん達は朝食べてないから、レストラン行って食事してくるよ」 「じゃぁ、搭乗時間になったらゲートに集合でいい?」 「分かるか?」 「何言ってんの。大丈夫、大丈夫。メキシコの国内線初めてじゃないもん」 「それもそうだな、じゃあ時間になったら搭乗口で」 「ん」 両親と別れて、蘭と美代子は空港内の探索に向かう。初めての場所は、まず自分の足で歩いてみなければ気のすまない蘭であった。 「みーちゃん、空港探索行こう!」 「わーい、行こう行こう。まずあっちからね」 こういう時にノリが同じ友人というのは嬉しいものだ。 美代子の差し示した方向は先程チェックインしたアエロカリベのカウンターとは逆で、そちらにもいくつかのカウンターが並んでいた。 「あ、こっちのカウンターは他の国のだ」 「本当だ。ノースウェストにアメリカン、やっぱりアメリカ人観光客多いんだね」 「アメリカ系ホテルも多いしね、今回あたしらが泊まるのもそうだもん。ドルも強いし、どこへ行ってもアメリカは強し」 カウンターの並びを一通り歩いて眺め、次は飲食店と土産物屋を冷やかしに行く。しかし、大きな空港ではないのでそれもすぐに回り終ってしまい、時間を持て余してしまうことになる。 「うーん、小さな空港だからすぐ回り終っちゃうね」 「でもここ国際空港なんだよね、アメリカ行く飛行機とかあるしさ」 美代子は備え付けのモニターに映っている搭乗時刻や離陸時間、行き先等を見ながら言う。 「あっっ!」 そのままモニターを眺めていた美代子が突然驚いた声を上げた。 「どーしたの? みーちゃん」 「小田ちゃん、見て見て! ここ、ほら」 美代子が差しているのはこれから自分達が乗ろうとしている飛行機の情報であった。 「これ、あたし達がこれから乗るやつじゃん。一○時三○分発、ベラクルス出発のハバナ行き。あ、去年からの謎が解けたわ。ふーん、出発地点と到着地点って、こんなとこなんだ。……え?! ハバナ〜〜? ハバナって、メキシコじゃないよねぇ」 「確かカリブ海にあるどっかの国だよ。ってことは、この飛行機って国際線?」 「そうだったのか。いやー、外国の飛行機って不思議だわ。日本じゃこういうの、ないもんね」 「うん。びっくりしたー」 ハバナはキューバ共和国の首都である。ベラクルスはメキシコシティから見て東にあるカンペチェ湾に面している都市で、これから蘭達が乗ろうとしている飛行機はベラクルスを出発してメキシコ国内のいくつかの都市に止まり、国を越えてキューバへ入りハバナが終点だという。 モニターを見ると、確かにマイアミだのニューオリンズだのと行き先がメキシコ国外の都市になっている飛行機は多い。しかし、自分達が乗る飛行機はメキシコ国内の都市を点々と繋いでいるものだと思っていたから、これは驚きだった。 メキシコの飛行機事情では何度驚かされたことか。二人は暫し、モニターの前で立ち止まってしまう。 一○時に搭乗が始まり、アエロカリベは予定の時間より一○分早く一○時二○分には既に滑走路を走っていた。 カンクンまでは約三○分。しかし、到着してみると空港内の時計は既に一二時を差していた。 「ん? そんなに長い時間乗ってたかな?」 「どしたの?」 立ち止まって壁に掛かっている時計を見ていた蘭に、美代子が気付いて声を掛けた。 そして、その後ろから続いて飛行機を出て来た父親が蘭に向かって言った。 「あ、時差が一時間あるから時計進めるの忘れないでな」 「は?」 信じられない言葉を聞いた、という様に蘭は父親を振り返る。 「だから、時差が一時間あるから」 「嘘だー。去年来た時はそんなんなかったよ」 「嘘だと言われても、あるもんはあるんだから。自分の時計見てみなさいよ」 言われて自分の腕時計を見ると、時刻は一一時。 「本当だー。でもなんで? 絶対去年は時差なんてなかった!」 「夏時間とか?」 きっぱりと、去年は時計を直した覚えはない、と断言する蘭に美代子が可能性としてサマータイムではないかと聞いてみる。 「いーや、そんなことはない。去年来たの七月だもん。夏時間なら去年だって当然その期間だったよ」 「それもそうか」 納得はいかないが、実際に現地の時計は一時間進んでいる。 「おっかしいなー。時差があるなんて話、聞いたことないんだけどな。去年だってなかったのに、なんで今年はこうなんだ?」 おかしい、と頭を捻りながらもそうなっているものはしかたない、と腕時計を一時間進める蘭であった。この物事に頓着しない、あるものはあるがままに受け入れるのは長所なのか短所なのか。何でもバカ正直に信じて騙されることに気を付ければ、海外を旅行するにはいい性格であるかもしれない。 |