元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★イグアナを探せ! |
ユカタン半島の北東部、カリブ海に面したメキシコが誇る一大リゾート地【カンクン】。一九七○年代からのメキシコ政府による本格的なリゾート開発により、幅約四○○・、全長約二○qに及ぶ細長いL字型をした珊瑚礁の島は、ビーチに面して高級ホテルが林立する近代的なホテルゾーンに生まれ変わった。 真っ白なビーチの砂、透き通った真っ青な海、豊かな太陽の光。一年を通じて平均気温が二七℃、晴天が二四○日以上という恵まれたこの土地は、現在では太平洋岸の老舗リゾート地アカプルコを凌ぐほどにその名を馳せている。 特に多いのがアメリカ人観光客で、英語も通じれば米ドルで買物だって出来てしまうのだ。日本人観光客はまだ少なく、メキシコにしては日が暮れてからもあまり心配せずに出歩ける治安の良さ。『海外のビーチリゾート』を満喫するにはもってこいで遺跡も満載とくれば、蘭と美代子にとって言うことなし! の土地である。 昨年に続いて二度目のカンクン訪問となる蘭と、カンクンどころかメキシコ自体初めての美代子。メキシコに赴任して約一年半になるがカンクンに来るのは初めてという両親が予約したホテルは、メリダでの宿泊と同系列の【フィエスタ・アメリカーナ】である。カンクンには【フィエスタ・アメリカーナ】と呼ばれるホテルが三つあり、大規模で高級な方から【フィエスタ・アメリカーナ・コーラル・ビーチ】【フィエスタ・アメリカーナ・コンデッサ】【フィエスタ・アメリカーナ・カンクン】となる。 蘭達の宿泊ホテルは【フィエスタ・アメリカーナ・カンクン】で、他の二つの【フィエスタ・アメリカーナ】や周りの巨大ホテルに比べるとこぢんまりとした、アットホームな感じのホテルである。黄色や茶系統を基調としたメキシコ風の色調で彩られた建物の外観は、ホテルというより邸宅を思わせる雰囲気がある。 カンクン到着は四月二十六日の一二時、ここで四泊することになっている。蘭と美代子はさっそく大まかな予定を立てた。ちなみに、両親とは基本的に別行動である。 一日目:メリダから移動。ホテル周辺探索、ホテル内の プールでのんびり休養。 二日目:エルレイを見学して街歩き。 三日目:プライベート・ビーチでリゾート気分を満喫。 四日目:メインイベント【チチェン・イツァー】ツアー。 五日目:メキシコシティへ向けて出発。 到着日はのんびり過ごし、気力も体力もすっかり回復。二人共それほど疲れていた訳でもないのだが、旅の疲れはどこで出るか分からないのだ。休める時は休んでおいた方がいい。 二日目の朝、外で朝食を食べてエルレイに向かおうと部屋を出る。 「さーあ、今日はイグアナだぁ!」 「違うって、みーちゃん。エルレイ遺跡」 「そうそう。エルレイ、エルレイ。イグアナの住処」 「いや、間違いとも言えないらしいけどね……。あ、雨降ってる」 部屋を出て正面ロビーへと続く階段から外を見ると、結構な土砂降りの雨だった。 年間晴天日数が二四○日以上、と言うことは、逆の言い方をすれば一○○日は晴天ではない日があるということだ。日本の夏の時期がこちらでは雨期だと言う話であるが、今は四月。雨の時期ではないはずである。 幸い空は明るく、雨雲が去ればすぐに止むだろう、と部屋へ戻ってぐだぐだとベッドに転がっていると三○分程で雨は止んだ。 まずは腹ごしらえ、とホテルの前にあるショッピングモールの一つ『プラザ・カラコル』内でファーストフードの朝食を取った後、バスに乗ってエルレイ遺跡を目指す。 ホテルゾーンとセントロと呼ばれる街の中心は市内バスが頻繁に往復している。 「エルレイに行くんだから、セントロから走って来るバスに乗ればいいんだよね」 方向を確認して停留所で待つこと数分、すぐにバスはやってきた。バス代は一律4ペソで、乗り込んだ時に運転手に支払いチケットを受け取る。降りるときにはブザーを押す。だいたいバスの乗り方なんてどこも似た様なものである。 「ねぇ、小田ちゃん。どこで降りるか分かってんの?」 「ん? 分かんない」 「分かんないって……。車内放送なんてのもなさそうだし、大丈夫かな」 「結構短い間隔で停留所あるから、それらしいところ通ったら適当にブザー押そうよ」 やはり、ここでも蘭は大雑把だった。 「昨日カラコルで貰ってきたカンクンの略図見るとエルレイの近くにゴルフ場あるからさ、ゴルフ場が見えたら降りてみよう」 左手に海、右手にラグーン。両側に水面が続く景色を暫く走ると右手にゴルフ場が見えてきた。ここでバスを降りてみるがエルレイまではまだ距離があり、バス停二つ分の距離を歩くことになる。雨上がりの気持ちの良い空気の中をのんびり歩いて行く。割と行き当たりばったりな行動であるが、美代子もそれが楽しめるタイプの人間なのでこの二人のコンビはいい組み合わせと言えるだろう。時間を気にせず、好きなように行動できるのは気持ちのいいものである。 「あった。エルレイの看板だ」 「こんなところから入るんだ。昨日タクシーで通った時は分からなかったもんね。階段降りていくとは気付かなかったよ」 看板の脇の階段を降りて、入口で10ペソの入場料を払って中へ入っていく。 エルレイは、ほとんど土台しか残っていない遺跡であった。土台の上に柱が残っているものや壁が残っているものがいくつかあり、進んでいけば見晴らし台の様な建物が残っているが、どれがどういう建物なのかはまったく分からない。 【エル・レイ】というのは【王様】という意味で、ここで発掘されたマヤの彫刻からその名が付いたと言われている。【王様】というには少し寂しい感じのする遺跡であるが、ホテルゾーンの中の静かでのんびりとした空間はとても蘭の好みである。遺跡の背後に近代的なホテルが見える。そのアンバランスさも良いものだ。 遺跡管理官がいて説明もしてくれると言うが、スペイン語や英語では聞いても理解できる訳がない。まさか日本語での説明はないだろう。 「あー、イグアナみっけ」 さっそく美代子がイグアナを見つけた。気を付けて見れば本当にあちこちに、大小様々な大きさのイグアナがうろついている。 「きゃー、小田ちゃん、カメラカメラ。こいつ何か食ってるよ」 「本当だ! 紙っていうか、木の皮みたいなペラペラしたもんだけど、イグアナって何食べるんだろうね。肉食なのかな? 雑食?」 「あの遺跡の上、ざくざくいるよ。いち、にい、さん……。駄目だ、遺跡と同化しちゃって良く見ないと判別できない」 「うわー、あいつ大きい。なんか動かないけど、近くまで寄れるかな。……ひゃー、近付いても逃げないね。おーい、みーちゃん、写真撮って。『イグアナくんと一緒』」 『観光客は遺跡よりイグアナ探しに夢中になる』。まさにその通りの蘭と美代子であった。 |