元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★レストランはピンク色 |
食欲をそそる色とは何色だろう。みずみずしい緑色か、肉や果実を連想させる赤だろうか。人により、民族によりそれは様々であるだろう。ここメキシコでは、その色はどうやらピンクであるらしい。 「どひゃー、ここもピンク!!」 「うわ、ホント。なんでメキシコってこう?」 「どうかしました?」 チチェンイツァーの観光を終え、昼食を取る為に一五分程走ってバンが止まる。そこは所謂観光客用の、遺跡の近くにあって観光後にメキシコ舞踊のステージを見ながら食事ができるレストランだった。バンを降り、建物の外観を見た蘭と美代子が声を上げた。それを聞いたガイドの竹内が何事かと二人に問いかけたのだ。 「いえ、なんでメキシコのレストランって、ピンクの建物が多いんでしょう?」 「ピンク色、多いですか?」 聞いた美代子に、逆に竹内が聞き返す。 「だって、テオティワカン行った後に入ったレストランも見事に全身ドピンクの建物だったし、ウシュマルの時も薄いピンクの壁だったんですよ」 蘭もその脇で頷いている。 そうなのだ。特にテオティワカンの時に入ったレストランなどは鮮やかな濃いピンク色で、蘭と美代子は「レストランにこんな色使うなんて日本じゃないよね」と顔を見合わせて本当にレストランか? と不思議に思ったものだった。 「まさかチチェンも…、って思ってたら本当にここもピンクなんですもん。メキシコ人って、ピンク色好きなんですか?」 「ピンクって、食欲そそる色かなぁ?」 テオティワカンの時は派手な色彩がメキシコっぽくていいかもしれないと思った。ウシュマルの時は少し薄いピンクの壁でそれ程派手という建物でも色でもなく、それでも色がピンクということはピンクってレストラン色ー?! と笑った。そしてまたもや、のピンク色である。 「遺跡巡りの後に入ったレストランって、見事にピンクばっかりだったもんね。パーフェクト」 「街中のレストランはそうでもないのにな、なんでだろ」 「目立つからかなー。遺跡観光の後に『ここはレストランだぞー!』って主張してるとか?」 「わはは…。『レストランなの、寄ってって。食べにおいでよ』って?」 「そうそう。みーちゃんウマイ!」 どんどんおかしな方向に進む会話を余所に、竹内はツアー客を案内して先に進む。案内されたテーブルはステージの真正面と特等席である。テーブルクロスを掛けた長さのある長方形のテーブルに、ステージを横にツアー客八人が四人ずつ向かい合わせて座る。 「荷物は見てますから、皆さんで荷物置いて食事取りに行っていいですよ」 竹内の言葉に全員で食事を取りに行く。バイキング形式のこのレストランでは、テーブルの上にはサルサとライムとチップス、それに小型のお櫃の様な入れ物に入った暖かいトルティージャが置かれている。取ってきた料理をこれで自由に巻いて食べていいというのは有難い。蘭はトルティージャが気に入っているのだ。 第一回目のお皿を一杯にして全員が席に揃ったところで、竹内は一五時三○分には車へ集合するように告げて席を外す。ガイドにはガイド用の席と食事があるのだろう。 暫くは食事とステージに意識を集中していて言葉も少なく、時折自分の連れと話をする程度である。新たに取りに行った二皿目がキレイになる頃にはステージのダンスも終り、他のツアー客とも積極的に会話を交すようになる。 「えー、じゃあこの後ビジャエルモッサへ行くんですか?」 蘭が話し掛けたのは自分達と同年代の女性二人組。ハバナからカンクンへ移動してきて、明日にはビジャエルモッサへ行ってパレンケとラ・ベンタ野外博物館へ行くと言う。 「そうなんよ。パレンケへ行くガイドは頼んであるんやけど、ラ・ベンタの方はタクシー拾って行こうかと思ってん。けど、ホテルからタクシーに乗るんはええけど博物館から帰る時にタクシー捕まるかどうかと、ビジャエルモッサの空港の様子も分からんからそれがちょっと不安なんよ」 「そんなに大きい空港やないんやろうし、前に掘っ建て小屋にその辺の道路みたいな滑走路って空港に着いて焦ったこともあったもんなぁ」 大甘のデザートを突つきながら、大阪出身の二人が交互に話す。 「あたし、去年来た時ビジャエルモッサで同じ様なことしましたけど、あそこの空港はそんなじゃなかったですよ。そんなに大きくはないけど。ラ・ベンタの方も博物館の外にタクシーいたと思いますよ。あたし達は二日間同じタクシー頼んだからその辺の心配はしなかったんだけど。ただ、危ないからって買物はショッピングモールでしか出来なかったのが残念なんですよね。車から見てておもしろそうな屋台の集まりもあったのに」 「そうなんか。やっぱり全然知らないトコはどこでも不安があるもんな。少しでも情報聞けて助かったわ」 「去年も来たことあるんだ?」 今度は蘭の向かいに座っていた新婚カップルの女性が話し掛けてきた。 「ええ、実は親がこっちに赴任してるんですよ。前からメキシコは興味があったし、こっちでいろいろ手配してもらえる内に何度か来てやるー! って思って。旅行はこの後どこ回るんですか?」 「明後日にニューヨークへ飛ぶのよ、私達は」 「へー、ニューヨーク。でもカンクンとニューヨークなんて組み合わせ、あんまりツアーないですよね。あ、もしかして個人手配ですか?」 「ううん、ツアーよ。大体カンクンとセットになってるのってオーランドとかマイアミが多いのよね。でもカンクンもニューヨークもどっちも行きたかったから、頑張って探したの。やっと見つけたツアーなのよ」 二組の新婚夫婦は、男性の方はどちらも煙草を吸いに外に出ていた。旅行に出てからあまり食欲がないと言うもう一組の新婚女性には、隣に座る美代子が【サンボルンス】の鶏雑炊を勧めていた。彼女が持っていたホテルゾーンの地図を見ながら、店舗の位置を教えている。よほど気に入っているようである。 食事も終えて寛いで、さて今は何時だろうと腕時計を見た蘭の頭を先程の竹内の言葉がふと横切った。 『一五時三○分には車へ集合してくださいね』 「竹内さん三時半に集合してくれって言ってましたよね。あたし今気が付いたんですけど、その時間ってここの時間だと思います? それともカンクンの時間かなー」 「そういえばここってまだユカタン州だから、カンクンとは一時間時差があるんでしたっけ」 一時間の時差だしどうせ夕方にはカンクンに戻るのだから、と蘭は時計を直したりしていない。腕時計は一五時一五分を示している。 「お食事の方、いかがでしたか?」 丁度そんな話をしていた時、タイミングよく竹内が席にやってきた。 「あー、竹内さん。丁度良かった。さっき言ってた集合時間って、ここの時間ですか? それともカンクン時間?」 「ああ、カンクンの方の時間です。ごめんなさい、紛らわしかったですね。あと一五分程で出発しますから、お手洗いに行かれる方はここ出て左の方ですよ」 まったく紛らわしい時差である。車に乗り込むとカンクンまでは約三時間。ピンクのレストランを後にして、車はノンストップでホテルゾーンまで走って行く。 |