元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。
★博物館で気になったこと |
メキシコ国立人類学博物館は世界有数の規模と内容を誇り、メキシコシティを訪れる人の多くが足を運ぶ場所であるだろう。 蘭にとっては二度目の来館である。昨年は見学後に飛行機の時間が迫っていた為、一階部分だけを駆け足で見ることしかできなくて悔いが残っていたのだ。日本で予備知識を仕入れていた訳でもなく、しかもメキシコに到着した翌々日に訪れた為に何も分からない状態での見学となった。それはそれで見るもの全てが初めてで驚きも大きかったのだが、博物館の大きさと展示物の多さに圧倒されてあまり頭に入らなかった。パレンケやビジャエルモッサへ行った後になって、博物館でよく見ておけばよかったと思うこと大だったのである。 昨年の轍を踏まえ、今回はメキシコ滞在の最終日に博物館を訪れることとした。既にテオティワカン含め六つの遺跡を回り終え、その時を思い起こしながら発掘品を興味深く眺めることができる。 メキシコ国立人類学博物館は考古学関係の展示がある一階フロアと、民族学関係の二階フロアに分かれている。それぞれがいくつもの部屋に分かれていて、部屋毎にテーマが決まっている。その部屋から部屋を移動しながら見学していくことになる。 一階は一二の部屋に分かれていて、左記の通りである。 第一室:人類学入門 第二室:メソアメリカ=中央アメリカ室 第三室:起源室 第四室:先古典期室 第五室:テオティワカン室 第六室:トルテカ室 第七室:メシカ=アステカ室 第八室:オアハカ室 第九室:メキシコ湾地方室 第一○室:マヤ室 第一一室:メキシコ北部室 第一二室:メキシコ西部室 16ペソの入場料を払って入口を入ると、まず目に飛び込んでくるのは空に向かってそびえ立つ円形の大噴水である。上から落ちてくる水の飛沫で近くまで寄ると濡れてしまうので遠巻きに眺めるだけだが、これは【噴水】という規模を超えていると思う。そしてその右手には第一室から第六室まで。入口の正面、大噴水の奥に第七室。左手には第八室から第十二室。部屋がコの字型に繋がっているのだ。蘭の気に入っている部屋は第五室から第十室、多くの遺跡の復元模型があり、訪れた遺跡に関する展示を今度は一つ一つじっくり見ようと思っていた。 しかし、なんといっても圧巻は第七室にある【太陽の石】と呼ばれるアステカのカレンダーである。直径三・六・の巨大な円形の石板は中央に太陽神、その周りには複雑なモチーフが幾重にもめぐらされ、蘭はこの石板の前の椅子に座り何時までも眺めていたいと思ったものだった。 この博物館を訪れるのはもちろん初めての美代子と母親と一緒に、まずは第一室から順番に見ていくことにする。展示物についている解説は前半の部屋には英語の説明が付いていることもあるが、基本的には全てスペイン語である。もちろん蘭や美代子に分かる訳がない。こういう時にガイドブックは有難いもので、人類学博物館の頁とスペイン語の辞書を片手に見て回る。 学校の授業の一環だろうか、小中学生がノートにメモを取っている姿にもよく出会った。博物館がデートコースになるのはどこの国も同じなのか、カップルの姿も見掛ける。 じっくりと見て回るペースが同じ、という人も何人かいる。その人が先に進んだり自分達が追い越したり、両親と大学生くらいの娘の日本人家族一行もそんな人達だった。 一階を第一二室まで回り終ると、次は二階民族学のフロアへ進む。本当ならこの博物館には一日時間を取りたいところである。午前中にゆっくりと一階を見て、昼食を取りながら休憩、頭を休めて午後から二階を見て回る。これが理想的な回り方だと思うのだが、一○日程でメキシコ各地を回る旅では時間的な制約もあってなかなかそうはいかない。四時間でここを全て回ろうというのは辛いものがあるのだ。既に一階を一回りした段階で頭が飽和状態である。 しかしせっかく来たんだ見逃してはならぬ、さわりだけでも、と昼間メキシコシティへ到着してから少し頭が痛いと感じていた蘭も、美代子と母親と一緒に二階へ上がる。 二階にあるのは第一三室から第二二室まで。 第一三室:入門室 第一四室:コーラ族・ウィチョール族室 第一五室:タラスコ族室 第一六室:オトミ室 第一七室:プエブラ山地室 第一八室:オアハカ室 第一九室:メキシコ湾岸室 第二○室:マヤ族室 第二一室:北西部室 第二二室:総括室 民芸品やインディヘナ達の文化生活様式が再現されている二階は、一階に比べて色彩が豊かで目を楽しませてくれる。時々手すり越しに一階を見下ろすことができて、一階の展示物もまた違った視点から見ることができるのである。 一階よりも更に駆け足になってしまったが一通り全部の部屋を回ることができ、父親との待ち合わせの時間に合わせて入口の脇にあるブックストアへ移動する。 「はー、なんとか全部回ったね」 「うん。でも短時間でガーッと回ったから、頭がこんがらがってるよ」 「言えてる。やっぱここ、まるまる一日は取りたいね。ゆっくりじっくり見たい」 ブックストアの脇のトイレ前にあるソファに腰掛けて、首を回しながら詰め込みすぎた頭をほぐそうとする。 「ここも日本人あんまいなかったね」 「家族一組だったもんね。チチェンイツァーではあんなにいたのに、皆どこ観光してるんだろ」 「カンクンのホテルでのんびりリゾートしてて、あんま外出ないのかな?」 「それ、つまんないよね」 「うん」 「まあ、皆が皆あたし達みたく遺跡好きな訳じゃないとは思うけどさ。それはそうと、みーちゃん!」 「ん?」 身を乗り出して話し出す蘭に、美代子は思わず引いてしまう。 「あたし達と似た様なペースで回ってたお兄ちゃん達、気が付いた?」 例の日本人家族一行も蘭達と同じ様なペースで回っていて何度も見掛けたが、それよりもどこの部屋へ行っても一緒になった二人がいたのだ。 「あ! あの二人でしょ、もちろん気付いてたよ。どこ行ってもいるしさ」 「やっぱり? もー、あたしなんて途中から気になって気になって……」 「私はそうだと思い込んでたわよ、『うんうん、あなた達はそうなのね。ラブラブだわ』って」 第一室から入って見進んで行くうちに気が付いた青年二人。GパンにTシャツのラフな格好のその二人は、一人が少し長めの髪で、もう一人は彼より背が高く短い髪をしていた。どこで一緒になっても仲良さげに二人でいるのを見続けて、妙な考えが頭から離れなくなってしまったのだ。 蘭と美代子だってほとんど女二人で行動していたのだが、男が二人で一緒にいるとそういう方向に考えが走ってしまうのは何故だろうか。いやしかしその場の雰囲気というものがね、と美代子と意見の一致をみてしまったのだから、やはりそうなのだろうか。 そういえば、カンクンのプライベートビーチでもビーチに仲良くたたずむ中年男性二人がいた。あれを見てしまえば、二人がそう思ってしまうのもあまり責められないだろう。 メキシコって……。 |