元の原稿が縦書きなので、漢数字等見難い部分がありますがご了承ください。


★Mexican's
　五月三日と四日、有明はビッグサイトにて同人誌即売会が開催される。自分でサークル活動をしている畑中美代子のスペースは四日にあり、小田蘭が売り子として入っているサークルの参加も四日であった。
　はっきり言ってしまえば、このイベントの為にメキシコ旅行の日程が五月二日帰国となったのである。二日の夕方に帰国して翌日は荷物整理と休養、四日がイベントである。そして五日をゆっくり休んだら、六日からは会社へ出社しなければならない。なかなかハードなゴールデンウィークであるとは思うが、なんとかなるものだ。
　美代子は【ゆりかもめ】で会場に向かおうと、東京駅で山手線のホームへの階段を登っていた。蘭は同じ売り子仲間と東京駅で待ち合わせの為に、山手線の階段を降りて改札に向かうところだった。
「小田ちゃん！」
「あ、みーちゃん。おはよー、あれ？　これからイベントだよね」
「おはよ。うん、新橋で待ち合わせしてるんだ」
「そっか、じゃあ後で会場でね」
「またねー」
　品川方面行きの山手線と京浜東北線のホームの階段で、一瞬擦れ違った美代子と蘭は、挨拶だけ交してそれぞれの待ち合わせ場所へと向かって行った。

　五月のスーパーコミックシティは、夏と冬のコミックマーケットに次いで大きなイベントである。美代子も新刊を用意していて、蘭が売り子をしているサークルでも新刊がある。
　開場前の慌ただしい準備を終えて蘭が美代子のスペースへ出向くと、そこには以前から美代子と一緒に同人誌活動をしている二人も揃っていた。
「おっはよー、お土産だよーん」
「小田ちゃん。ちょっと聞いてよ、みんな酷いんだよ！」
「どーしたの？」
　美代子のスペースに行くなりそう言われて、何事かと蘭は驚く。
「おはよう、小田ちゃん。あ、小田ちゃんはあんま変わってないや。なんでみーちゃんだけそんななの？」
「そんなって？」
　言われている意味が分からずに聞き返す。
「この二人ってば、朝会うなり『みーちゃん、黒い！』って言うんだよー」
「だって、みーちゃん本当に焼けてんだもん、遠目でもすぐ分かったよ。あれ、みーちゃん？　でも黒いー！　って」
「よくそんなに黒くなったね、小田ちゃんはそんなに変わらないのに」
「え？　みーちゃん黒いかなー。あたし、メキシコでずっと一緒だったから変化分かんないだけ？」
「黒いよ、だって全然違うよ」
「そう？」
　改めて美代子を見る。多少黒くなったとは思うものの、蘭には美代子がそこまで黒くなったという感じがしない。
「そりゃ、使ってたファンデーションの色が合わなくなって、帰りにクリニークで小田ちゃんと同じ色のもの買ったけどさ。えー、小田ちゃんと同じ色？　と思いながらさ。でも、だから小田ちゃんと同じ色になってる筈だよ」
「悪かったね、どーせあたしゃ色黒ですよ。もとから黒いから、あたしはあんまり色変わってないのかな。一応日焼け止めもちゃんと塗ってたし」
「私だって塗ってたよ！」
「みーちゃん、色白かったから吸収しやすかったんじゃないの？　でもこれはちょっと黒いよ。一発で『南に行ってきましたー！』って分かるもん」
「ううー。美白してやるーー！　こうなったら小田ちゃん、二人でサークル作って旅行本出すよ！　サークル名はメキシカンズだぁ！」
「あははー。まぁまぁ、みーちゃんだったらすぐ落ちるよ。それより、お土産持ってきたよ。一本ずつ取ってね」
　蘭が持ってきたお土産を取り出して、二人の前に箱ごと置いた。
「お土産？」
　二人はそれを見て不思議な顔をする。
「そう、他の人にも配るから、取って取って」
「どこ行って来たんだって？」
　お土産の箱から目を上げて、蘭を見て言う。
「メキシコ！」
「で？　このお土産は何？」
「ジャンボメイプルシロッププリッツさ！　おもしろいでしょ」
「で、どこのお土産だって？」
「メキシコ土産のカナダ限定グリコのジャンボメイプルシロッププリッツ」
「なんでメキシコ土産がカナダ限定の日本商品なのー？」
　そう、それはバンクーバーのトランジットで蘭が見つけたグリコの限定品だった。
　蘭の売り子仲間であり、このカナダ限定プリッツの情報源であった暁子にも「よくあったねー」と感心されたメイプルシロッププリッツは、その後も蘭が「メキシコのお土産」と言って取り出す度に皆の失笑をかっていた。


　そして数日後、出来上がった写真を見せた時にも、蘭と美代子のメキシコ旅行は友人達の謎を呼ぶのだった。
　蘭のコメント付きでアルバムに整理された写真の一枚目から、さっそく疑問の声がかかる。
「これ……何？」
「メキシコシティのホテルのトイレットペーパー。ほら、紙が折ってあって、形が孔雀」
「孔雀っていうか、扇形っていうか。しかしこんなの撮ってくるかー？」

「じゃ、これは？」
「テオティワカンの、ケツァルコアトルの神殿にあった愛敬のある彫刻。かわいいでしょ」

「そんじゃ、こっちは？」
「ウシュマルでみつけたイグアナー」

「……この何もない一面のジャングルは？」
「ウシュマルの【魔法使いのピラミッド】から見た景色。見えないかもしれないけど、多分遺跡だと思われる小山があちこちにあるんだ」

「んじゃ、こっち」
「フィエスタ・アメリカーナ・メリダのアメニティグッズ！」

「……。あんた達、何やってきたの？」
「えー？　楽しかったよ。そんなこと言わなくたってさ。ほら、ちゃんとごはんの写真だって撮ってきたもん」
「ごはんって、マックじゃんかー！」
「だって日本にないメニューだったんだもん」


last up date/2005.11.06